レビュー:私はかんもくガール

とりあえず黙っとこ・・・ 助けられた本
とりあえず黙っとこ・・・
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この本を初めて読んだのは子供の発達に問題があるかも?と思い始めた頃でした。

まだ場面緘黙症について知らない頃で子供も緊張で固まる症状が出る前。

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1度目に読んだ時の感想

今回レビューするのは「私はかんもくガール: しゃべりたいのにしゃべれない 場面緘黙症のなんかおかしな日常」です。

1度目に読んだ時はまだ子供は人見知りが出る前。おおらかな落ち着きのない子という印象だったので当てはまるとは考えず斜め読み。

子供というより親である私に近いなと思ったものの、私は学校でしゃべれないというほどの症状は無かったのでちょっと違うかな?と思っていました。

その後、子供が恥ずかしいという気持ちを強く持つようになり、それまでの「ダンス好き」⇒「恥ずかしくて踊れない」⇒「ダンスを強要される療育先で固まる」⇒「苦手なもの、場所、全てに固まる」という感じで症状が出てきました。

場面緘黙症のテレビを見たことで「あれ?子供はもしかするとこれかも?」という気持ちになって早1年。

場面緘黙症かもしれない
もう日付が変わってしまったので、一昨日になるのですが「世界仰天ニュース」で場面緘黙症の女の子の話を見ました。 以前から、発達障害関連の本を読むとよく出てくるので場面緘黙症自体は知っていました。 場面緘黙症というのは、特定...

療育先でダンス苦手が認知され強要されることもなくなり、固まることはなくなりました。

人見知りもずいぶん良くなって、すっかり落ち着いたなぁと思っていますが、やっぱり場面緘黙傾向ではありそうな気がして再度読んでみることにしました。

改めて読むと、これ、私のことですよね?

子供のことから親である自分の発達障害も疑い始め、以前読んだ時には気にならなかった点が気になるようになってきました。

あれ?よく読むと育った環境や考え方が私とそっくりなのです。これ、私のことですよね?

同じだなぁと思った点

読み返してみるとやたらと環境と考え方がそっくりな事がわかります。

  1. 育った家庭環境が機能不全家族。特に母親がそっくり
  2. やたらとシュミレーションを繰り返して「やらない」を選択する。
  3. 自分で「あまり話さないでおこう」と決める⇒そのうち話すのが苦手に。
  4. みんなの輪に入れなくてひとりで楽しく遊ぶフリをしていた。
  5. 学校では一応話せていたけれど、わりと本と似たようなエピソードは網羅(たぶん、ほぼ緘黙だった模様)。
  6. 美術系には進まなかったけれど、そういうジャンルの個性的なお友達とは仲良くなれる(そういう人は許容範囲が広くて私のことも面白がってくれる)。
  7. 母親の影の言動(毒)に影響されていて頭の中では毒づいている。
  8. 変なモテかたをする(アンテナが合う人が定期的に表れて熱狂的に好かれる。本人はドン引き)
  9. 人に相談はできない。人に相談するってどんな風にするのか解らない感覚。
  10. 本の中に答えを求めた。

ちょっと自分と違ったかなぁと思った部分

  1. 自分の中では「緘黙傾向もある不安症」という感じ。
  2. うまくやりとりができない経験⇒誤解されるならあんまり話をしなでおこう⇒結果余計誤解されてる・・・という感じでコミュニケーション下手が加速。
  3. 仕事はなんとか続く。
  4. 母親が方向性は似ているものの、若干マイルド。

「緘黙傾向もある不安症」というのは「話したいけど声が出ないとかではなく、話題みつからないのでうまく話せない感じ。やりとりが苦手。

仕事が続けられていたという点では環境が良かったのかもしれません。

それは多分自分がコミュニケーション苦手なことを理解してそういう方面を選ばなかったからなんですけどね。

少人数の職場に長くいて、大人数の所に移動になってからは鬱っぽくなったことはありますが、薬を飲むほどの状況になる前に転職しました。

養育環境は場面緘黙症の心的要因になりえると思う

本の中では場面緘黙が家庭環境のせいではないと書かれています。

しかし虐待やトラウマが主原因とはならないけれど、この本と私の環境はそっくりだったので、場面緘黙症の何かしら要因にはなっているのだなぁとは思います。

考え方とかは親にかなり左右されるので、子供の頃に受けた言動のせいでこういう症状になりやすい考え方に傾くのではないでしょうか。

もともと不安が強い子供がそういう環境で育つと効果てきめんかもしれません。

母親による言葉の虐待を受けると離れたいのに離れられない

私は自分の親を毒親だと思って離れたいという気持ちと、大好きですごく信頼していて傍にいたいという気持ちの両方があります。

著者であるゆむさんのお母さまより若干マイルドで怒鳴ったりはなかったものの、静かに押し付けるとか笑い話として貶すというか。

本の中で「母親による言葉の虐待」と書かれていて、ドキッとしました。

基本的には母親のことは大好きです。

でも急に「あのときにこんな風に言われた」と過去の言われて嫌だった記憶が蘇るので胸がギュッとするのです。

その時に子供だった私は気にしていない様子で受け流していたけれど、後で思い返すとすごく傷ついていたのだなぁと思います。

言葉の暴力をふるう母親と愛されたい子供の共依存状態

母親による言葉の暴力というのは、親が子供に対してストレス発散している状態です。

子供は母親を嫌いにはならないという前提のもと、イライラする気持ちを逆らわない子供にぶつけてすっきりしているのです。無意識なにか意識的になのかは人によると思うけれど。

子供は親に愛されたいので言葉の暴力を受けても傍にいますし、離れることができません。

こういう状態を共依存というらしいのですが、この関係で育った子供は、親に対して嫌いな気持ちと好きで求めてしまう気持ちを持つそうです。

言葉の暴力を受けると子供も疲弊します。辛い気持ちは残るけれど、それをどこにも吐き出すことができず見ないふりをして大きくなっていきます。

強く親に影響を受けている場合は、親を嫌いな自分の気持ちにまったく気付けなくなってべったり共依存状態を続けてしまうのが怖いところです。

共依存で育った私がどんな風に子供に接していけばいいか悩む

私は子供にそんな風な接し方をしないようにしようと思っていますが、悪い事をしたときの叱り方やしつけのときの言葉を後で思い返したときに「言葉の虐待」になっていないか心配になります。

私と私の親のような関係になって、子供を同じように傷つけていないか不安になります。

怒鳴りつけるとかならしていないと言い切れるけれど、私が子供の頃に受けていたようなじめっとした言い回しを自分もしそうになるのです。

あー、自分も母の思考にかなり影響されているのだなぁ。昔から心の中に飼っているブラックな自分を消すことができずに、口を閉じていたんだもの・・・。

不安が強いお子さん(特に発達障害の本をたくさん読んでもあまりピンと来ないなぁと思っている方)をお持ちの方はぜひ読んでみて欲しい本です。

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