感覚の違い:「ひとりでいるとさみしいでしょう?」と子供が言う様になった

ひとりは寂しいは正しいか

少し前から子供が何かの拍子に「ひとりでいるとさみしいでしょう?」と言いました。私はその大人のような言い回しにドキッとしてしまいました。

「ひとりでいるとさみしいでしょう?」はどこからきたのか

それまではこんな事を子供が言っていたのを聞いたことはありませんでした。誰かしらの大人が子供にそう言ったんだろうな。たぶん新しい療育先の先生だと思います。その言葉は私の心をざわざわさせる言葉でした。

この言葉を言われるということは療育先で「ひとりでいると寂しいでしょう?」と言われるような状況に子供がいるということ。たぶん遊んでいるみんなの輪に加わらずにひとりでブロックでもしていたんでしょう。一緒の空間にいるだけで楽しいと本人は思っているのですが、まわりから見るとひとりで遊んでいて寂しそうに見えるんですよね。

私もその定型発達の人の感覚があまり無くて、所謂「おひとりさま」もまた楽しいと思うタイプです。ひとり焼肉はしたことはありませんがひとりカフェ・ランチ・bar・居酒屋くらいまでは大丈夫です。OLとして働いていたときに同僚に「えっ?ひとりでお店に入ること自体ができないわ。ひとりなんて寂しいじゃない。まわりに友達がいないと思われて恥ずかしいし!」と言われて逆に「エッ?普通はそんな風に思うの?」とびっくりしたことがあります。

子供も「えっ?ひとりでいるとさみしいの?」と感覚の違いに戸惑いつつも、覚えたての言葉を使ってみたくて言っているんだろうなぁ。言われたときの状況は私が「今からお庭の花壇にお水をあげてくるね~。すぐ戻るからおうちの中で待ってて」と言ったとき「えー。ひとりでいると寂しいでしょう?(だから早く帰ってきてね)」です。(うん。使い方は合ってる・・・ような・・・。)

寂しいと感じていない子供に「寂しいでしょう?」と言って自覚(?というのかは謎)を促すのはどうなのかなぁ。私はこれがいいことなのかわかりません。ひとりが寂しいと感じないタイプの人は言い換えるとひとりでいると落ち着く=他人といると疲れる人です。「ひとりは寂しい」という事を感覚としてではなくて知識としてだけ覚えてしまったら、大人になってから「ひとりは寂しいから疲れるけれど常に人と一緒にいなければ・・・」と思い込んでしまわないかなぁ。

逆にひとりは寂しいと知識としてだけでもあれば、通常の感覚とのズレは最小限にできたりプラスになることもあるんだろうか。こっちのほうは私には経験が無いのでわかりませんが・・・。

集団行動で求められる協調性

私はアスペルガーの気質が高いと自分では思っているのですが、それでも寂しいという感覚はあります。いろんな場面でひとりになってしまうことが多くて「あんまり集団に向いてないなぁ」と思います。ひとりでいることは気にならないのですが、「はい!グループになって」とか「ペアになってー!」と言われると困るのです。そういう時によくあぶれてしまう自分を友達の少ない孤独な人間だなぁと思います。

かといってそういう時のために常時「ひとりでいない」「人の輪に入ろうと努力する」というのを実践はできない気がする。人といると疲れてしまうので、通常の感覚で常時頑張っていると、いつか壊れてしまいそうな気がします。でも、集団行動ってそれを求めてますよね。普通の人はひとりが寂しいと感じるのでそれを避けるために行動すると思うんですけど、私のような人は人といると疲れてしまうので正反対な行動をとってしまいます。

普通の感覚の人は「まぁ!ひとりでいて寂しそう」と考えて誘ってくれると思うんですけど、その輪に入ることは私のような感覚の人間にとっては嬉しいけれど、軽い苦行なんですよね・・・。ひとりでいる⇒寂しそうと思われて誘われる⇒嬉しい⇒輪に入ってみる⇒疲れてしまう⇒輪からそっと離れる・・・という流れです。仲良しの人だったら大丈夫とかはあるけど基本はこんな感じ。根本的に違うのがよくわかります。

ひとりで何かに打ち込めるのは素敵なこと

「ひとりは寂しい」「集団は疲れる」。対極ですが、どちらが正しくてどちらが間違っているということは無いと思います。それぞれの感じ方が違うだけ。ただ、世の中は定型発達の人が圧倒的に多いので、少数派は肩身が狭いなぁ・・・。

けど、ひとりで好きな事に集中して打ち込めるのは素敵なことだと思うんです!過集中と言われるかもしれないけれど、心穏やかに好きなことに打ち込める時間は大切にしたい。これから集団に入っていく子供には、自分なりに集団行動もある程度はこなして、心のバランスをとれるようにひとりの時間も大事にできる子になって欲しいなと思っています。

いや、私もそうならなければと思うんですが・・・。難しいですよね。私の現状は、だいたいひとりで「ここは頑張らなければいけないところ」と自分なりの最低ラインの人付き合いをしている感じ。いつもたくさんの人と楽し気にしている人を見るとすごいなぁとは思うけれど、自分がそういう風になりたいとは思いません。だってそんなことしたら死んでしまうもの。

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